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Vol.96 福沢諭吉について(11)

J・H のささやき VOL.96 『福沢諭吉について  (11)』

                                                      「学問のすゝめ」より

『学問のすゝめ』の第9編は、『学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文』です。

『人の心身の働きを細かに見れば、これを分けて二様に区別すべし。
第一は一人たる身についての働きなり。第二は人間交際の仲間に居り、その交際の身
についての働きなり』ではじまります。
『第一、心身の働きをもって衣食住の安楽を致すもの、これを一人の身についての働
きと云う。しかりといえども天地間の万物、一として人の便利たらざるものなし。
一粒の種をまけばニ、三百倍の実を生じ、深山の樹木は培養せざるもよく成長し、風
はもって車を動かすべし、海はもって運送の便をなすべし。
山の石炭を掘り、河海の水を汲み、火を点じて蒸気を造れば、重大なる舟車を自由に
進退すべし』と続きますが、それらはすべて、自然からの贈り物で、人間が造ったも
のなどない』ゆえに、その実は『路傍に棄てたるものを拾い取るが如きのみ』と結論
します。
つまり、自然からの恵みで満足しているようでは人間とは言えない、『小安』にとど
まっていてはならない、新たに事を成すべしと述べます。
  
そこで、福沢は例として麦を精製する碾き臼をあげて、大切なことは、第二の働きで
あると続けます。
『およそ何人にてもいささか身に所得あれば、これによりて世の益をなさんと欲する
は人情の常なり。或いは自分には世のためにする意なきも、知らず識らずして後世子
孫おのずからその功徳を蒙ることあり。
人にこの性情あればこそ(人間交際の義務)を達し得るなり。
いにしえより世にかかる人物なかりせば、我輩今日に生まれて今の世界中にある文明
の徳沢(恵み)を得ざるべし』

人間は『世の益をなさんと奮励努力すべし』と言っています。
たとえば日本なら、旧財閥から、ソニー、ホンダ、松下にいたるまで、、現在ならば
楽天やソフトバンクといった企業がわかりやすいと思いますが、勇躍事を起こし、物
を作り、社会を変えて行く気概を持てと、福沢は叱咤激励しています。
 
まことに立派な言葉です。
ところで、現今の大企業の相次ぐ不祥事、一体、どうしたことでしょうか?
利益を追求するあまり、どうも、正常なコースから外れてしまったようです。
資本主義は、過度に及ぶと、倫理を踏み外してしまうのでしょうか?
利益追求が先鋭化すると、公徳心を失ってしまうのか?
こうした流れは、資本主義全般に通じる悪しき普遍性ではないのか?
愚生にはわかりません。

利益、収益とは何か?
特に大企業においては、『社会全体への利益』という回路を持つものでなくてはなら
ない、と思うのですが。つまり私益とともに公益をも満たすものであるべきです。
ところが、困ったことに、私益追求のあまりもう一方の公益を忘れてしまい『公の損
害』すらもたらしてしまう。誰もが不安になります。

福沢は、もうひとつの代表的な著書である『文明論の概略』の中で、
『徳性なるものは、一切外部の変化に関係なく、世間の毀誉褒貶をも顧ず、いかなる
威力にも屈せず、いかなる不遇にもめげず、確固として内に存するところの不動心を
云うのである』と述べています。
人間の徳は『まず家庭が第一の範囲である』から、徳性を『天下の一人一人をことご
とく説き伏せることは不可能なのである』と悲観的に吐露しています。

かつても言われたことですが、明治生まれの経営者が現世から総退陣してから、後続
の大正世代は、崇高にして単純な『世のため人のため』という倫理、徳性を失ったと
批判されました。
その伝で行くと、大正生まれの総退陣後、昭和世代が上位にのぼったことによって、
さらに『公』の意識が薄らいでいるのでは、と思ってしまいます。
では、どうしたら良いのか?
愚生にはわかりません。
が、思うに、徳性の涵養には、労働、特に肉体労働が不可欠ではないか、と思います。
現代では、ほとんど不可能かと思いますが。

ごく簡単に言うと、たとえば、次のようなことです。
遠い無文字社会のことです。
『おおい、太郎、重いから手伝ってくれ!』と狩猟から帰った父親が叫びます。
太郎は駆け足で父親の所に行き、二人でおいっちにっと猪を運びます。
父親は『太郎、ありがとう、助かったよ』
太郎はそれを聞いて、父親の役に立てたことに喜びを感じます。
そして母親も含めた三人で汗だくになって、猪を解体します。きつい作業です。
そうした労働が人間の徳性を磨き、協同作業の大切さを学ぶ契機になったのではない
か?
人間にとって根源的な『モノを食べるため』という目的に向かう時、互助、共助の精
神が醸成されるのではないか?
徳性の基本は、労働から生まれた、というのが愚生の見方ですが、いかがでしょうか?
 
企業規模のいかんにかかわらず、企業の上層部の方々には、福沢が言うところの第二
の働きである『人間交際の義務(社会性)』の意識を強く持って頂きたいですね。