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VOL.99 福沢諭吉について(14)

J・H のささやき VOL.99 福沢諭吉について(14)
    ~「学問のすすめ」より~
第十二編は、『演説の法を勧るの説』です。
『演説とは英語にてスピイチと云い、大勢の人を会して説を述べ、席上にて我思う所
を人に伝るの法なり。我国には古よりその法あるを聞かず、寺院の説法などは先ずこ
の類なるべし。
西洋諸国にては演説の法、最も盛にして、政府の議院、学者の集会、商人の会社、市
民の寄合より、冠婚葬祭、開業開店等の細事に至るまでも』と続きます。
この章では、縷々、演説の重要さが強調されています。
いくら学問を積んでも、本を読んでも、それを相手に伝える術がなければ、なんにも
ならない、言うべき言葉を磨け、といった所ですかね。
読者諸兄も、時には、どこかで、スピーチすることがあると思いますが、日本人はま
だまだ衆人の前で、堂々と意見、信条を述べるのは苦手なひとが多いのでは。
愚生もそうです。
(講演と演説、どう違うんでしょうか? 街頭演説と言いますが、街頭講演とは言わ
ない。とすると、屋内で行われるものが講演で、屋外なら演説? そう単純ではない
ようだし。ふむ、わからない……読者よ、辞書抜きで、考えてみてください))
さて、演説と言えば、選挙戦のあの騒々しい街頭演説が真っ先に思い浮かびますが、
世界の有名な演説のあれこれを考えてみました。
古い所では、古代ローマの政治家のキケロ、雄弁家として有名です。
シーザーと同時代のひとです。
『最も正しい戦争より、最も不正な平和を選択する』と演説しました。
これは諦観的平和主義と言われるのですが、どう思われますか?
ついで、アメリカのマーチン・ルーサー・キング牧師の
『わたしには夢がある。いつの日か、ジョージアの空の下、かつて奴隷だった黒人の
子孫と、かつて奴隷の主人だった白人の子孫が~~』
詳細は忘れましたが、黒人と白人の平等、共存を訴えたとても感動的な演説で有名で
す。はじめのアイ・ハヴァ・ドリームだけは覚えているのですが。
 
次いで、ケネディ大統領の
『国が何をしてくれるかではなく、国に何ができるのか、それを考えて欲しい』でし
たかね。
また2年前の、広島を訪れた時のオバマ前大統領の演説も傾聴に値いするものでした。
演説というと、すぐにアメリカが浮かんできて、口惜しいやら困るやらなのですが、
我が国では、いまひとつ、パッとしないというか。
いえ、いわゆる大正デモクラシーの時代には、名演説が多数あったことは知ってはい
るのですが、読んだことはほとんどないので。
某大学に『雄弁会』がありますが、『ほんとかよ?』と思うような訥弁家が多いです
ね。
小泉元総理の看板だった郵政改革と、あの時に連発された『抵抗勢力』という言葉、
あれはよく覚えているのですが。街頭演説では、大変なひとだかりでしたね。
 
で、ここでは、昔の演説をご紹介します。
政治史では『反軍演説として』としてつとに有名です。
時は昭和15年。衆議院本会議で行われました。
演説者は民政党所属の気骨の政治家斎藤隆夫(1870~1949・兵庫県出身の
議員)です。1時間半におよぶ大演説でした。
ほんの一部をわかりやすい現代文に直します。
『ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却(無視、ないがしろ)し、
いわく国際正義、いわく道義外交、いわく共存共栄、いわく世界の平和、かくのごと
き雲を掴むような文字をならべたてて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の
大計を誤るようなことがありましたなら、現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすこ
とは出来ない!』
時の政府は泥沼化する日本と中国の戦争になんの目途も立てられず、ずるずると泥濘
の道を歩き続けていました。
そうした時に、斎藤は政府を激しく糾弾しました。
『日中戦争はどうなるのか、いつ済むのか、何時まで続くのか』といった趣旨でした。
とても、とても勇気のある演説でした。
それに対して、政府側はまともに答えず。ズルイ!
(今も同じかなあ、困った困った)
斎藤の演説は新聞で報道されるや大きな反響を呼び、斎藤には多くの支持の声が寄せ
られましたが、結局、離党に追い込まれます。
かつて、社会党に発言が過激なので『爆弾男』と命名された議員がいましたが、現在
なら同じように呼ばれるでしょうね。
斎藤に離党を勧めたのは、民政党の顧問だった小泉又次郎。
元総理の祖父です。
トランプ大統領のツイッター、あれは、つぶやき、ささやき、ですが、新しい演説の
一種かも知れない、と思うことがあります。
目の前に聴衆はいないが、無数の『観客』がいると頭の中で想定して、語りかける。
あれも一種のスピーチであるとも言える。あるいはトークか?
機器が発達すると、こうした手法が流通するようになる。
1932年、世界大恐慌の中、大統領に就任したフランクリン・D・ルーズベルトは
ラジオによる『炉辺談話』を開始して国民に語りかけました。
メディアを有効利用した嚆矢で、当時としては斬新なスタイルでした。
その進化形がトランプ大統領のつぶやきと見れば、さほどの違和感はないかも知れな
い。まあ、格調という点では雲泥の差なんでしょうが。
  
ドイツとの戦争が決まった時だったか、ロンドンがドイツのロケットによって破壊さ
れた時だったか、ウロ覚えなのですが、イギリスのチャーチル首相が行った演説を思
い出しました。
『我々は道で戦い、丘で戦い、山で戦い、海で戦い、あらゆる所で戦って決して屈服
しない、勝利の日まで』
そんな内容でしたが、イギリス人の猛々しい『ジョンブル精神』を覚醒させたものと
して有名ですヨ。
興味のある方はチャーチルの『第二次世界大戦回顧録』を読んでください。
チャーチルはこれでノーベル文学賞をゲットしました。
 
読者の中には組織の幹部の方もおられるでしょう。
たまには、社員を鼓舞するために、演説集に目を通されてみてはいかが?
そんなガラじゃないよ、ですか?
そうした謙虚さ、愚生は好きですが……