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Vol.65 材木考 檜(2)


J・H のささやき VOL.65 『材木考 檜(2)』

 

こんにちは、ジェームス・ホントです。

檜は我が国の古代の書、古事記に記録されています。
古事記は現存する日本最古の歴史書で、西暦8世紀の初期に編纂、記録されています。
かかわったのは天武天皇、元明天皇、稗田阿礼(ひえだのあれい)、太安万侶(おお
のやすまろ)です。
その古事記には『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)にはコケとヒノキとスギが生えている』
とあります。
次に日本書記には『スサノオノミコトが胸の毛を抜くと檜になった』とあり、さらに
万葉集には、『真木さく檜(ひ)』の記述があり、檜の角材は建築用材の最上級の木
であることを意味する真木という美しい言葉を檜に冠して称えています。
それ以降、檜のことを真木と呼ぶ言い方が普及しました。
真木の葉のしなふ勢の山 真木の葉や茂く 真木のうえにふりおける雪
などと万葉集には真木が出てくる歌が多数あります。

   『新古今集に登場』
 
また『新古今和歌集』には、次のようにあります。
『寂しさは その色としもなかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮れ』
現代語訳は、(わたしの心のさびしさは、特にどの色のためというわけではない。しか
し、なんとも言えないほどのさびしさを感じさせるのは、この杉、檜といった常緑樹の
茂り立つ山の夕暮れだ)  
          
   『法隆寺を支えてきたヒノキ材』

日本に仏教が渡来したのは6世紀です。
大陸のひとが持ち込んだものですが、我が国では、蘇我氏が仏教の普及に熱心で、朝廷
の保護を受けると仏教信仰は一気に勢いを増しました。
中心は朝廷のある飛鳥で、飛鳥寺、聖徳太子で有名な法隆寺など、寺社が建立されまし
た。
もちろん、使われた建築材は檜です。
現存する法隆寺は、一旦焼失したあと、建てなおされたものですが、それでもやたらと
古いことは間違いなし。
もちろん、現在まで何度も修復されています。
法隆寺の修復に長年たずさわってきた宮大工として高名な西岡常一氏は、かつてこう述
べています。
『法隆寺の堂塔に使われている木材は、鎌倉時代あたりから、ケヤキがいくらか使われ
だしますが、それ以前はヒノキしか使われていません。わたしが思うに、むかしの日本
人は、大陸の建築技術が渡来する以前から、ヒノキのよさ、強さ、使いよさを知ってい
たようです』
さらに、『ヒノキは木目がまっすぐ通っていて、材質は緻密、軽軟、粘りがあって、虫
害にも、雨水や湿気にも強いことはよくご存じの通りです……もう千三百年を生きてビ
クともしません』と絶賛しています。
まことに、法隆寺は世界最古の木造建築として、今も存在しているのです。

仏教の隆盛にともなって、寺社の建築は増大し、飛鳥近在の山林は絶え間ない伐採のた
め需要に追いつけず、隣接する各所から供給されるようになりました。
檜をやたらめったら切り倒してしまったわけです。
急激な需要増が、建設資材の払底をまねくことは、昔も今も同じですね。
 

 参考図書 ものと人間の文化史 『檜』 有岡利幸著 法政大学出版局
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