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Vol.102 福沢諭吉について(16)

 J・H のささやき VOL.102 『福沢諭吉について(16)』

                                                    ~~「学問のすすめ」より~~

第13編は、『怨望の人間に害あるを論ず』です。
最も有名な論です。
怨望(えんぼう)とは、ひとをうらめしく思う心根のことです。
言葉は多義的なので、ねたみ、そねみ、嫉妬でもあります。
 
英語では、envyで、エンヴィと発音します。音が似ていますね。
この音から、類似する漢語を福沢は思いついたのでしょう。
福沢は英語の達人でありましたが、若い頃に膨大な漢籍を読み込んでいたので、とっ
さに、このenvyに怨望を当てたと思われます。
驚嘆すべき学識です。
何年か前、イチローが、同僚に、『アイ、エンヴィ、ユウ』と言っているのをテレビ
で見たことがあります。どんなシーンだったかは忘れましたが。
多分、『いいなあ』といった意味合いでしょう。
あるいは、『うらやましいなあ』

しかし、漢字の怨望となると、意味が重く、重層的になります。
福沢は、この心情を激しく唾棄します。
『およそ人間に不徳の箇条多しといえども、その交際に害あるものは怨望より大なる
はなし。
貪吝(どんりん)、奢侈、誹謗の類は、何れも不徳の著しきものなれども、よくこれ
を吟味すれば、その働きの素質において不善なるにあらず』
人間には様々な不善がある。たとえば、金ばかりを欲しがる人間を『貪吝』と呼ぶが、
それがその人間の天性ならば、決して咎めるにあたらない。
ただし、『理外の銭を得んとしてその場所を誤り、銭を好むの心に限度なくして、理
の外に出て、銭を求るの方向に迷うて理に反するときは、之を貪吝の不徳と名(なづ)
くるのみ』

しかし、怨望は『あたかも衆悪の母の如く、人間の悪事これに由て生ずべからざるも
のなし』
疑猜、嫉妬、恐怖、卑怯の類は、全部、この怨望という感情が基になっていると論じ
ます。
その例えとして、大名の御殿女中の態度、有り様をあげています。
ただただ殿様の寵愛を得んとして、仲間をねたみ、その足を引っ張ることに血道をあ
げている。日本は、そんな国になってはいけない、とたしなめます。

あのヒトラーでも、何人もいる側近たちの、お互いの『怨望』に悩ましい思いをさせ
られたという記録が残っています。
『なんであいつだけ、あんなに総統に気に入れられているんだ、おれだってちゃんと
仕事をしているのに!』
(トランプ大統領も、同様の悩みを抱えているのでは?)

小泉元総理も、かつて、『政界は嫉妬のかたまりだ』と言ったことがありました。
確かに、そうなのでしょう。
トップの周囲に群れるようになると、トップの信任を得たいとの競争心から、要らぬ
嫉妬を仲間にそれを感じ、仲間を蹴落とそうとする。
自分がトップに立つと、今度は側近たちが怨望にとらわれて争っている姿を見てしま
う。
 
世界を見ても、日本を見ても、同僚の嫉妬感情から来る誹謗、中傷のために失脚した
人間は数知れず。怖いことです。
しかし、そうした卑劣な人間も、時が経てば同じテでやられる。
これが世のならい。怨望の循環運動。
小人なので、愚生にもそうした感情はあります。
自分では少量と思いたいのですが、これはわからない。
この福沢の諫言は永遠ですね。
心して日々生きたいものです。